2019年12月、白岩焼の唯一の窯元・和兵衛窯を訪れました。白岩焼のこと、和兵衛窯のこと、ご両親のこと、葵さんの修行時代のことなど、たくさんお話しをお聞きしましたが、今回は白岩焼がどんな焼き物なのかを知っていただくため、白岩焼の釉薬「海鼠釉」のことを中心に紹介したいと思います。
一般的に釉薬とは、素焼きした陶磁器の表面にかけるさまざまな成分が含まれる液体のことで、水に粘土・灰・鉱物などの成分を混ぜたもの。この液体を素焼きした陶磁器の表面にかけてから窯で焼くと、表面をガラス質が覆います。釉薬にどんな成分が含まれるのかによってできあがりの色や質感が異なるので、見た目に個性が出ます。さらに荒い素焼きの状態の時に表面にある小孔(小さな穴)を塞いでくれるので、耐久性が増すという効果があります。
白岩焼で使われる「海鼠釉」は鮮やかな青色で、窯で焼くと海鼠のようなまだら模様が浮かび上がるところからその名が付けられたようです。この青色、なぜか空や海の青とはまた違った雰囲気があります。
白岩焼の釉薬「海鼠釉」の個性
白岩焼の色を見て「日常に取り入れるのが難しそう」と思われる方は多いかもしれません。私もその一人でした。「どうしたらこの独特な青い色にお料理をマッチさせられるだろう」と考えてしまって・・・。葵さんも、ギャラリーなどでの展示会で在廊していると同じようなことを尋ねられることが多いようで、お料理を盛る器としての白岩焼から話が始まりました。
渡邊葵さん(以下、葵)
うちの器は飲食店さんで使っていただくことも多いですね。お料理にどの器を合わせて、というのをしっかり選んでおられる料理人の方が多いです。
シンタニ
料理と器のマッチングっていつも悩みます。いまは葵さんの海鼠釉の器を含め、色が鮮やかな器を使うことに抵抗がなくなったのですが、以前、うちの食器棚には白い器ばかり並んでいたので、色の付いた器を使うのは私にとっては結構な挑戦でした。せっかくいい器を使うんだったら料理も気合いをいれないと、と頭で考えることが先になってしまっていたというのもあります。
葵
個展などで在廊していると、同じことをよく聞きますね。器を選んでいるお客様に「お料理がんばらないとダメかな」なんて言われることも多いんですけど、「スーパーで買ってきた唐揚げをのせるだけでもいいんですよ」とはよく言います。あとは「ミニトマトとかイチゴとか赤い色のものは青い器に映えますよ」とか、「季節の果物はなんでも合いますよ」とか。一見、器としては難しい色なのかなとは思うので、まずはなんでものせてみてほしいと伝えています。
シンタニ
一度使ってみると、「なんでも合いますよ」の意味がなんとなく分かるんですけど、新しいタイプの器に挑戦する前はひたすら悩んで結局無難な器を買ってしまうというのを繰り返していました。
葵
断捨離したり、ものを持たない生活をする方も多い中で、よほど器が好きでないと買ってもらえない時代だなと感じます。個性の強いものは余計にそうだと思うんです。
シンタニ
断捨離の時代に生き残っていくのは大変ですよね・・・。
葵
しかも器作家が多いですしね。
シンタニ
色という意味では白岩焼の海鼠釉は個性がありますけど、それ以外に自分自身の個性という意味で心がけていらっしゃることはあるんですか?
葵
そもそも、私自身、そんなに海鼠釉が好きだったわけではなかったんです。うちの父も、母と結婚して白岩に来ることになって初めて見て、「うわー、濃いなぁ」と思ったみたいです。私は生まれながらに見て育っているんですけど、この個性ある色をどうやって器として成り立たせたらいいのだろう・・・というのが最初からの課題でした。もし実家がこの海鼠釉の焼き物をつくっていなかったとして、それでも陶芸をやっていたとすれば、たぶん私は磁器を作っていたと思うんです。もっとシンプルで形の美しいものとか・・・。でも、自分の美的感覚とうちの海鼠釉を掛け合わせるためにはどうすればいいのか、その接点を見つけるのが日々の仕事です。
シンタニ
一般の方々が思うのと同じように、葵さんもこの独特な青さに悩みながらものづくりを始められたんですね。
葵
海鼠釉は伝統的な釉薬で、元々は中国や朝鮮から九州に伝わってきたものがだんだん北上して広まってきたものですし、北欧にもこれと似た釉薬があるんです。そう考えると、例えばデザイン的には北欧の器だったり、モダンなデザイン性を取り入れて、さらにこの色を取り入れたら、自分がつくりたい且つ海鼠釉が生きる形がみえてくるんじゃないかと思っています。そもそも現代の海鼠釉で民芸的過ぎない仕事をする人は少ないと思うんですね。昔から「民芸陶器」と呼ばれている焼き物で、この色だったら、もっと「民芸的」な器をつくった方が受け入れられやすい。でもモダンな形で海鼠釉のあたたかみを表現できるものという観点では、日本でやっている作家さんはあまりいないと思うので、いまのものづくりを10年くらい続けられたら、そういうものをつくっている人として認知してもらえるのではないかなと期待しています。
シンタニ
陶芸をやられている方は男性の方が多いかなと思うんですが、女性らしさや葵さんらしさはどんなところにあると思われますか。
葵
「女性として」なんていう聞き方をされることは多いんですが、そう聞かれるといつも困るんですよ。それは全然考えていなくて。いつも土にまみれて作業しているので。笑 仕事中に自分が女性だとかというのは考えることはないですね。
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釉薬「海鼠釉」の色は、葵さんが制作活動をしていく上で苦戦した個性のひとつだったんですね。「そんなに好きではなかった」ところから始まったというのは意外でしたが、だからこそ新しいことに挑戦する原動力になったのかもしれません。海鼠釉の色にどんなふうに自分らしさを織り交ぜていくのかを考えてつくった器が、いまの葵さんらしいものづくりに自然とつながっていったんですね。
葵さんらしい作品とは
シンタニ
ご両親がやっておられなかった、金彩の技法を使ったりアクセサリーをつくったり、というのは自分らしさを出すためだったんですか。
葵
実はどちらもすごく現実的な理由でやり始めました。まず金彩については、うちの窯だとうまく焼ける割合がすごく低いのと、同じ釉薬でも焼き上がりが全然違ったりするんです。それを「歩留まりが悪い」という言い方をするんですけど、そういう条件の中で、釉薬の色の出方にばらつきがあったとしても作品にしていくためにはどうすればいいのか、どうすれば付加価値が付けられるか、というように考えていたとき、京都で見た金彩の技法を取り入れようと思ったんです。
シンタニ
葵さんの作品の中で金彩は葵さんらしさを探求した結果だと思っていましたが、悩みの中から生まれた解決策のひとつだったんですね。
葵
そうなんです。アクセサリーは、窯の中の器同士の隙間を小さなアクセサリーで埋めることで、一回の窯焚きの効率を上げることができるという理由で始めました。最初は、特に父はあまりいい顔をしなかったですね。「お前は器をつくらないでアクセサリーばかり売ってるのか」とか、クラフトフェアに出ると「お前は道端でうちのものを売ってるのか」とか言われたりしました。これまで両親が続けてきたやり方とは違ったからだと思います。だから、窯詰め(成形した作品を窯に入れる工程)の工程が5日間程かかるんですけど、アクセサリーは両親の分が終わった後とか次の日の朝に一人でそーっと詰めていました。笑 そのうちアクセサリーで安定した売上が出せるようになって、少しずつ手伝ってくれるようになりました。最初は窯詰め、そのうち釉がけをやってくれるようになり、今年に入ってからは成形の処理まで。笑 いまでは理解してくれているんですけど、そうなるまでは結構大変でしたね。
シンタニ
そうだったんですね。
葵
「家族3人で仕事できていいね」なんてよく言われるんですけど苦労もありました。
葵さんの作品には金彩の技法が多く使われているので、葵さんがデザイン面で自分らしさを求めた結果、気に入った技法だったのかなと勝手に思っていました。実際は「どうしたら白岩焼をつくり続けていけるだろう」という悩みや切迫した状況から生み出されたという背景があったんですね。アクセサリーも、「どうしたら窯の効率を上げていけるだろう」と考えたところがスタート。そうは言っても、効率と自分の求めるデザインの両方を作品に投影させたところがすごいですね。ゼロから何かを生み出すのも大変ですが、制限の範囲内で何かをつくるのも、また違った大変さがあるように感じます。
そして、葵さんのお父さんの存在。途絶えていた白岩焼を始め、続けてきた誇りがあるからこその様々な意見の相違。そもそも年代が違えば意見が違うことは自然なことなのでしょうけれど、お互いに歩み寄りながら親子で白岩焼を続けておられる渡邊家、素敵ですね。(3)につづく
取材 2019年12月
更新 2021年10月
記事で紹介した商品『和兵衛窯 三日月皿』は下記の店舗で取り扱っています。