くらすかたち あたらしいと、なつかしいがつながる暮らし

ものづくりのかたち
2023.10.20

A°CTSとBIBと中目黒

伝え手 くらすかたち編集部
中目黒A℃TS(アクツオブフェイス)

26年前の決心

今から四半世紀と少し前、1997年の中目黒は、まだ今のように人の集まる人気エリアではありませんでした。

目黒川沿いにはショップもほとんどなく、両岸に植えられた桜並木もまだ背丈の低い若木でした。

それでも目の前を川が流れる落ち着いた立地に惹かれたA°CTS(アクツ)代表の高野博次さんは、この地に店を構えることを決めました。

「なぜだか自分がこの先もこの場所で笑って立っている将来を思い描くことができたんです。」と教えてくれる高野さんには、「川があるから、界隈の佇まいはこの先も大きく変わることはないだろう」という先見の明もありました。

そしてその読みのとおり、その後駅前の開発が進み、川沿いにはショップが増え、またそれらが入れ替わり、桜の木々が大きく成長していく中で、A°CTSが立つ場所周辺の佇まいは当時とそう変わらないまま、今日に至っているのです。

1997年、設立したばかりのA°CTSの店舗から見た目黒川沿いの通りの風景(画像提供・高野さん)

A°CTSの立つ場所 – 目黒川沿いの日常

平日朝8時頃の目黒川沿い
宿山橋とソメイヨシノの木陰
朝日橋の欄干にある朝日のレリーフ

目黒川は世田谷区から目黒区、品川区を流れ東京湾に注ぐ、全長8kmほどの川です。
目黒川に架かる50本以上ある橋のうち、中目黒駅から山手通りまでの1kmの間には10本の橋があります。

このエリアの川沿いの道は川を挟んでそれぞれ一方通行で、道幅もそんなに広くありません。
そこに約90mにつき一本という密な頻度で橋が架かるため、通る車のスピードも歩く人のペースも自然とゆっくりになるように感じます。

頭上には大きなソメイヨシノの枝がアーチを作り、その心地よい木陰には東京の都心部とは思えないような空気が漂います。
通りを一つ入っただけなのに、すぐ近くの大通りとはあきらかに違う空気が流れるここは、都会の日常の中のオアシスのような場所とも言えるのかもしれません。

そんな目黒川沿いの宿山橋と朝日橋の間に、A°CTSのショップは立っています。

両開きに大きく開かれた特徴的なA°CTSの赤い入口ドアは、川沿いの道の中でも目を引きます。
そしてそのドアからは、散歩がてらにふらっと立ち寄りやすいフレンドリーな雰囲気が流れ出ています。

オールドアメリカンな空気感の店内には、ユニセックスで使えるようなカジュアルでユニークなデザインの衣料品や雑貨が並びます。

店内の一角にはガラスで仕切られた刺繍ブースがあり、運が良ければこの中で作業する高野さんの姿に会えることもあるようです。

刺繍ブースで作業する高野さん

気分が上がるワークエプロン「BIB」

高野さんがデザインするこだわりのワークエプロン「BIB(ビブ)」は、今では海外にもファンができるほど、沢山の人々に愛される、A°CTSの主力商品に育っています。

BIBが生まれて今年(2023年)で10年目。
身に付けると気分が上がるワークエプロン「BIB」とは、どんなものなのでしょう。

「BIB」とは元々の英語では、ベビーのスタイや、いわゆるエプロンのような胸当てなどのことを意味しますが、日本で多く知られているのは、スポーツやイベント事で身に付けるベスト状のゼッケンのようなものを指す言葉だと思います。

高野さんは、このBIBという言葉に、”BE IN THE BAG”(”全てうまくいく”の意)という英語のスラングの略としての新しい意味を与え、丈夫かつ機能性もファッション性も兼ね備えたワークエプロンとして商品化しました。

これまでに80型ものBIBを製作し、そのうちのいくつかは改良を重ねながらoriginals(オリジナルズ)と呼ばれる定番の型にもなっています。

BIBを着て開店前に道路の掃き掃除や水撒きをするショップスタッフ斉藤さんの姿は朝の町の風景の一部です。

そんなoriginalsの中でも人気の型、ロングセラーのChicago1(シカゴワン)は、外で座ってもズボンやスカートのお尻が汚れないようにと、後ろ見頃の方が少し長めに作られています。
お尻まですっぽり隠れるデザインで女性人気も高い型だそうです。

店内にディスプレイされているフィギュアたちも、なんとミニチュアのBIBを身に付けています。

「この中央のChicago1を着ているのがリチャードといって、彼はイギリスからアメリカへ移民としてやって来た仕立て職人なんです。趣味のハイキングに行く際に、両手の空く”着るバッグ”としてBIBを考案したんです。Chicago1というネーミングは、ルート66沿いにあるシカゴの町でイメージを湧かせて作った型なんですよ。」

と、真剣な顔で教えてくれた直後に、

「という設定の”BIB誕生秘話”ということにしていますが、実は作っているのは全部僕です。」

と続ける高野さん。

自分を前面に出すのはどうも恥ずかしくて、と照れ笑いする高野さんですが、そこには隠しきれない遊び心が溢れちゃっているように感じます。

プリン屋マハカラさんの勝負服

A°CTSと小道を挟んですぐお隣の建物には、高野さんと同じ関西出身でとても気心の知れた間柄の金丸さんが経営するプリン屋さんと居酒屋さんが入っています。

お隣のプリン屋さん「マハカラ」
BIBがユニフォーム。マハカラさんのキッチン風景

ここのお店のユニフォームもまたChicago1!

『自分たちのやる気がアピールできる、勝負服になるユニフォーム』として、金丸さんはスタッフのエプロンにBIBを採用することを決めてくれたそうです。

「お店の重要な要素として貢献させてもらえていること、そしてすぐ身近で日々愛用している姿を見せてもらえていることは、とてもありがたいですし嬉しいことですね。」と高野さん。

BIBには有料のリペアサービスもあるので、気に入ったものを長く使い続けられるのも魅力的です。

真面目な話と冗談を織り交ぜながら大笑いし合う高野さんと金丸さん。信頼関係が滲み出ます。
作り立ての瓶詰め「マハカラのうれしいプリン。」

使いこむことで高まるBIBの魅力

A°CTSの店頭には、金丸さんのお店のように実際にユニフォームとして使いこまれたデニム地のChicago1が2着、ディスプレイされています。

濃い色のデニム地は施工屋さん、薄い色のデニム地はホットドッグ屋さんによって、それぞれ使いこまれたものだそうです。

共にリペアを希望され高野さんの元へ戻って来たBIBですが、年月をかけて使いこんだからこそ出る風合いにグッときてしまった高野さんは、ぜひ店頭に置かせてほしいと頼みこみ、ユーザーさんの元へは新品を贈った、というエピソードが。

それほどに、愛用してきたからこそ現れる表情には新品とはまた違う、経年変化ならではの代え難い魅力が出てしまうものなのですね。

リペアのサンプルとしても手に取って見てもらえるように、一部には実際に補修が施された状態で店頭に飾られている年季の入ったChicago1は、どこかとても誇らしげです。

ドットボタンの周囲をミシンのステッチで補強した細部

サステイナブルという言葉が世の中に浸透して久しいですが、そもそもそんな言葉を声高に叫ばなくったって、ずっと長く使い続けられるしっかりした良いもの、使い続けたいという愛着を感じられるものを手にしていれば、すでにそれがサステイナブルな状態なのじゃないかと思うのです。

また、使いこむことで新品とは違う魅力が出てくるもの、穴が空いたり壊れたりしても、ダーニング(ヨーロッパの伝統的な布ものの繕い方法)や金継ぎ(日本の伝統的な器などの修復方法)のようにリペアを施して、新たな愛着を付与し更に使い続けるもの、そういうモノとの付き合い方や暮らし方って素敵だなあと感じます。

ヴィンテージの刺繍ミシンに魅了されて

アメリカのシンガー社製のヴィンテージのハンドルミシン
ミシン台の下部の丸みのあるハンドルを握りぐるぐると回しながら刺繍します。

A°CTSのショップ内にある刺繍ブースには、古いハンドルミシンが置かれています。
ハンドルミシンとは、半自動半手動でチェーンステッチの刺繍を施せるミシンです。

とあるイベントで初めてハンドルミシンの実演を目にした高野さんは衝撃が走ったそう。

そしてどうしても自分でもやってみたくなってしまい、色々探してようやく手に入れたという美しいヴィンテージのハンドルミシン。

このタイプのハンドルミシンは現在は生産されておらず、高野さんは100年前に作られたミシンを使い、ミシン台の下部に付いた手動のハンドルをぐるぐると回しながら文字や数字やイラストの刺繍を施していきます。

ミシン自体は電動で動きますが、糸の運びをコントロールするのは手の動きなので、一つ一つが全く同じ仕上がりにはならず、それが、味わいと個性を生み出しています。

高野さんのハンドルミシンによるチェーンステッチは、刺繍だからこその繊細さを持ちつつも、ちょっとワイルドで独特な可愛らしさもある、愛すべき仕上がりになるのです。

BIBにワンポイントの刺繍を入れれば、より愛着の湧く、ONE AND ONLYの一着になること間違いなしです。

チェーンステッチの刺繍によるポコポコとした盛り上がりのある細部
店内の壁に飾られているハンドル刺繍を繋ぎ合わせたタペストリー

「ハンドルミシンを操作するときの音や振動は、昔乗っていたバイクを走らせているときの体感に似ているんですよ。」と楽しそうに目を細める高野さん。

それだけでなく、「昔のものづくりの技術も大切に残したい」という志も持っている高野さんの口からは「温故知新」という言葉も出てきます。

次々に早い展開で移り変わっていくのではない、モノやコトとの向き合い方。そういうスタンスから得られる発見や経験には、人生を豊かにしてくれるヒントが沢山あるような気がします。

東日本大震災で感じたA°CTSの存在意義

「2011年に起きた東日本大震災は、僕と店の意識を変える経験になりました。」と高野さんは言います。

震災が起きてからしばらくは、目黒川沿いに並ぶ店からは灯りが消え、町並みは真っ暗になってしまっていたのだそうです。

何かできることをと考えた高野さんは、ならば自分たちが町の灯りになろうと、店を開けることに決めました。

「ある夜、帰り道を行く人から、店の灯りが見えるとホッとする、という声を聞くことができたんです。その言葉が、自分がこの場所に存在することの意味を再確認するきっかけになりました。」と高野さん。

「あの震災のときが町との関わり方のターニングポイントでもあったし、自分の中での価値観が変わったときでもありました。」と教えてくれました。

「僕はこの場所に生かされているんです。」と真っ直ぐ前を見つめる高野さんの目には、開かれた店のドアの先に広がる桜並木が映ります。

この地で生まれた人との結び付きや、この場所に店を構えていることの意義を大切にしながら、今日も高野さんは笑顔でここに立っています。

中目黒生まれのBIBから

しっかり自分の目で見ることのできる手の届く範囲の暮らしを大切に丁寧に営むこと。

優れた魅力的な商品の背景には、そういう作り手の信念のようなものが滲み出ているのだな、と今回高野さんのお話を聞く中で改めて感じました。

BIBが「身に付けると気分が上がる」のには、そのように裏打ちされた理由があったのですね。

やる気を高めてくれる中目黒生まれのBIBを着て、背すじ伸ばしてテンション上げて、さあ今日も一日を始めていきますか!

奥様と斉藤さんと一緒に店先に立つ高野さん

A°CTS @acts97
東京都目黒区青葉台1-21-11
水曜定休
OPEN 12時〜20時