くらすかたち あたらしいと、なつかしいがつながる暮らし

ものづくりのかたち
2023.07.04

ししゅうつなぎの生まれる場所へ(3)

伝え手 maya

(2)のつづき

ししゅうつなぎができるまで

1955年創業 村田刺繍所三代目の村田欽也さん

村田社長に「ししゅうつなぎ」が生まれた背景についてお話をうかがいました。

「一針千心」のものづくり

弊社は家族主体の企業ですので、生まれた時から刺繍業に携わっている人も多く、パートの従業員さんも親戚関係。気持ちも環境も刺繍に向いている人だけで仕事をしています。

企業理念である「一針千心」は、一針ひと針に真心を込めて、買っていただいたお客様に喜んでいただきたい、そういう顔を見たい、という思いから、品質にこだわったものづくりをしていく志を表しています。

創業当時は横振りミシンを使って着物や和装関係の服資材に、終戦後にはアメリカ兵に日本の土産品として人気のあったスカジャンに刺繍を行っておりました。
機械が発展し始めた頃からは、多頭式コンピューターミシンを導入して刺繍加工をしてまいりました。
刺繍のアクセサリーを作り始めたのは、2000年代の初頭に流行った刺繍のブレスレットの影響を受けたレース屋さんから依頼があったのがきっかけでした。

でも作るうちに、せっかくこれだけ自分たちに技術があるのだから、委託だけでなく自分たちのブランドとして世に出していきたいという思いがやはり湧いてまいりまして、そうして自社ブランドの刺繍ネックレスを制作するようになりました。

小枝をモチーフにしたアクセサリー

ししゅうつなぎは、2019年の9月頃から企画がスタートして、半年ほどの制作期間で完成しました。
その間、デザイナーの秋山かおりさんとのやり取りはもう何度あったのか、わからないほどです。

秋山さんが子供の頃に道ばたで拾った小枝をネックレスにしたことを思い出して最初に完成したのが、ブラウンが主体の「小枝」です。
そのあとに「小花」と「小雪」。
そのほかに金、銀、銅の3種類は、アクセサリーらしい光沢のあるものも作りたくて作りました。

作業工程は、デザインをコンピューターミシンに読み込み、オリジナルの溶ける紙に刺繍をしたら、洗いにかけ土台の紙を全部溶かし刺繍だけを残します。
その後、刺繍を成形しながら乾かします。
最後にパーツひとつひとつを検品してから、手作業で繋げていきます。

機械というと、機械が全てやってくれると思ってしまうかもしれませんが、多数ある工程の中でも人が介入する場面は多く、またそうでないといいものは作れないと考えています。

繋ぎ目は、ししゅうつなぎの命となるところ。
ひとつひとつのパーツをお客様自身で自由に組み合わせができる構造、ということは、誰でも取り外しやすく、しかも外れにくい、を両立させるということで、そこが制作過程において一番難しかった部分ですね。

自由に楽しく、使っていただく

本当に面白い形なんですよね。
ひとつのパーツに丸い穴が3つ空いているんですけれど、決まった一か所だけに通すわけじゃないから、繋ぎ方しだいでその人だけの形を作ることができる。
ししゅうつなぎのメリットは、金属アレルギーの方でも気兼ねなく身に付けていただけるところ。
それから「重たいネックレスをすると肩こりしてしまうけれど、これはものすごく軽いんです。」というお声もよく頂戴します。
しかも、汚れても洗うことができるんです。

お客様から私たちが予想していなかったような「こういう使い方をしたら面白かったよ。」なんていうお声が聞けたら、余計に楽しく嬉しいですね。

村田刺繍所

渡良瀬川が流れ赤城山を望む群馬県桐生市にある、1955年創業の老舗刺繍所。
技術力の必要なレース調の刺繍などを得意とする。
高品質で繊細な刺繍加工は婦人服、紳士服、子供服、及びワッペンやユニフォーム、日用品、小物、雑貨など多岐にわたる。
https://embland.com

中通り大橋

村田刺繍所のすぐ近くを流れる渡良瀬川。
山の稜線、広く澄んだ空。
ししゅうつなぎの生まれる土地の空気を身体で感じて、帰路につく前の深呼吸。
村田刺繍所さん、貴重なお話をありがとうございました。

記事で紹介した商品『ししゅうつなぎ』は下記の店舗で取り扱っています。